平田五郎展「箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中に、輝く光の球があった。」

平田五郎展「箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中に、輝く光の球があった。」

―ずっと昔、まだ世界が暗かった頃、遥か北の川の畔で、老人が月と呼ばれる光の玉を箱の中に隠して住んでいた。一羽のワタリガラスがその秘密を知り、それを盗み出そうと考えた。 そして川の畔に生えた木の枝に止まり、じっと待った。やがて老人の娘がそこに水を汲みに来た時、一本の針葉樹になって水に落ち、急に喉が渇いた娘がその桶の水を飲み干した時、その水と共に娘の体に入った。
 娘は妊娠し、やがて子どもが生まれた。その子は色が黒く、高い鼻を持っていて、輝く真っ黒な瞳は何かこの世ならぬ光を宿しているように思われた。生まれるとすぐに、子供は箱の中の月が見たいと泣き始めた。  あまりに激しく子供が泣くので、ついに老人は折れ、箱の蓋を開けていった。美しい彫刻の施された箱の中に、一回り小さい箱があった。その蓋を開けると、中にもう一つ美しい箱があった、次の箱その次の箱、  次々に蓋を開けていくと十番目の箱の中に、緻密に編まれた草の籠があり、その蓋を開けると丸く輝く光の玉があった。光が部屋の中を明るく照らし出した。
 その瞬間、子供は鴉に戻り、一声鳴くと玉をくわえて煙出しの窓から飛び去った。そして高い山の山頂に降り立ち、玉を空へと放り投げた。それは空に留まり、月として今も空を回っている。(トリンジットの神話)―

 この度、マサヨシ・スズキ・ギャラリーでは平田五郎(ひらたごろう)展を開催いたします。
 平田五郎は1965年、東京都杉並区に生まれ、3歳から浦和市に転居。動物と基地づくりが好きな少年は、その後東京芸術大学油画科に入学。この時期、油画科にもかかわらず初めて木をくり抜き、 共鳴する立体作品を制作しはじめます。彫刻科からも油画科からもはみだした平田五郎の創作活動のはじまりです。
 東京芸術大学美術学部油画科を卒業後、同大学院修士課程絵画専攻壁画に入学。この時期より空洞に体が入り込む感覚に関心が集中しはじめ、初めてのフィールドワークを行います。 (蟻の生活[笠間・茨城])その後フィールドワークで自然の力に圧倒され、作品を作る行為や室内展示に疑問を感じはじめた平田五郎は、大学院卒業後、精力的にフィールドワークを行うようになっていきました。
 木から土、パラフィンワックスと使用する素材を変えながら、徐々に作品の形は家の形へと変化していき、雪の家・藁の家・密の家・植物の種の家・石の家・土の家と次々とフィールドワークをこなしていく中で、 1995年ストライプハウス美術館(東京)において初めてパラフィン ワックスを用いた家の作品を発表しました。1996年取手市に転居してからはパラフィンワックスを用いた作品をメインに発表を続けながら フィールドワークの活動をさらに海外に広げはじめました。

 そして2004年、五島記念文化賞(美術新人賞)を受賞し、長年の願いであったアラスカでのフィールドワークを行った平田五郎の仕事を紹介する今回の展覧会は、アラスカのトリンジット族の神話「RAVEN STOLES THE LIGHT」がモチーフとされています。神話のワタリガラスが月を求めて次々と10個の箱を開ける物語のように、平田五郎は行く先々で現地の素材を集めて小さな彫刻を作り、自ら撮影して写真に収めました。 現地素材を使って額装された写真やその場所へたどり着く迄の風景写真を通して、自らの創作活動に真摯に向き合った、平田五郎自身の精神の軌跡です。
今回の展覧会では、アラスカから帰国後、2年の歳月をかけて制作したフィールドワークをまとめた写真集も展示いたします。 是非ともたくさんの方々に観ていただきたいと思います。
 また、2月7日(土)18時からは、作家を招待してのオープニングパーティをささやかながら開催いたします。 どなた様でも参加していただけますので、是非お越し下さいませ。   

2009年1月 鈴木正義